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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)4133号 判決

主文

一  原判決中、第一審被告Y1敗訴の部分を取り消す。

二  右部分に関する第一審原告らの第一審被告Y1に対する請求をいずれも棄却する。

三  第一審原告らの本件控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて全部第一審原告らの負担とする。

理由

一  第一審原告らがA(昭和四八年○月○日生)の両親であり、昭和四八年八月以降松戸市の市民であることは、第一審原告らと第一審被告国を除くその余の第一審被告らとの間では当事者間に争いがなく、第一審被告国との間では《証拠略》により認めることができる。

二  本件事故までの経緯及び本件事故に関する基本的事実関係については、原判決の理由一の2及び二(原判決二六枚目表七行目から三〇枚目表一〇行目まで)記載のとおりである(ただし、二八枚目裏五行目の「、七」の次に「一一」を、同二九枚目表七行目の末尾に「Aの寝かされた布団は畳の上に敷いたベビー布団で、頭部の下にはバスタオルを敷き、毛布は掛けず、掛け布団だけが掛けられていた。」を加える。)から、これを引用する。

三  そこで、Aの死因について検討する。

1  第一審原告らはAの死因は鼻口閉塞による窒息死であると主張し、原審(第一、二回)及び当審証人Bの証言(以下「B証言」という。)並びに成立に争いのない甲第三号証の一、第一審原告らと第一審被告千葉県及び同国との間では成立に争いがなく、その余の第一審被告らとの間ではB証言(原審第一回)により真正に成立したものと認められる同号証の二、B証言(原審第二回)により真正に成立したものと認められる同第二六号証(以下、甲第三号証の二及び同第二六号証を併せて「B鑑定」といい、B証言とB鑑定とを併せて「B鑑定等」という。)によれば、千葉大学医学部教授であったB(専門は法医学)は、昭和四九年二月二〇日Aの遺体につきいわゆる司法解剖を行い、その結果に基づき、Aの死因は鼻口閉塞による窒息死であるとしていることがうかがわれる。

B鑑定等が右のような見解を採る理由として述べるところは、要旨次のとおりである。

(一)  Aの遺体には直接の死因となるような外傷は認められず、肺は左肺の上葉には肺炎、その他の各葉には幾分気管支炎の所見があるが、いずれも急死を招来するほど重篤なものではなく、他にも死因となるような重篤な病変及び高度の奇形は認められない。

(二)  Aの遺体の外表所見では、顔面の口部、おとがい部周辺に鬱血が見られ、舌先端部の上面に蚕豆大の粘膜下出血があるほか、蚤刺大の溢血点が口部周辺、左右眼瞼、右上眼瞼結膜に各数個ずつ、右下眼瞼結膜に二個、背部の屍斑中に数個存在する。また、内部所見では、溢血点が肺の表面に蚤刺大、粟粒大のもの多数、心臓の後面上部に半米粒大、粟粒大等のもの数個存在し、会厭(喉頭蓋)部に軽度の鬱血があり、肺の鬱血及び水腫が高度で、全身の諸臓器は鬱血状態であるにもかかわらず、脾臓は貧血状態であり、心臓内の血液は暗赤色流動性である。

(三)  このような〈1〉全身の臓器に鬱血が著明、〈2〉心臓内の血液の暗赤色流動性、〈3〉漿膜、粘膜の充血という所見は急性死の所見である。そして、〈4〉眼瞼、眼瞼結膜、おとがい、口の周辺や、心臓表面、肺表面に溢血点が多数見られるが、窒息死以外の急性死では溢血点の数が少ない上、皮膚には発現しないし、〈5〉全身の臓器は鬱血しているのに、脾臓が貧血状態であるということは窒息死の特徴的な所見であるから、Aの死は窒息死と判断される。

(四)  機械的な窒息死のうち、縊死、絞死、扼死はAの首にその痕跡がなく、異物による気道閉塞は気道内に異物が入っていなかったことからいずれも否定される。したがって、窒息の原因としては鼻口閉塞と酸素欠乏が残ることになるが、肺の組織学的所見として鼻口閉塞による窒息死では鬱血、水腫が高度で肺気腫が混在しているのに対し、酸素欠乏による窒息死では出血が強いという違いがある。Aの肺の所見は鬱血、水腫が強く、肺気腫が混在していたので、結局、鼻口閉塞による窒息死と考えられる。

(五)  そこで、鼻口閉塞の原因であるが、Aの口の周辺には圧迫痕等の異常は認められなかったものの、舌先端部の上面に蚕豆大の粘膜下出血があった。Aの歯は下顎に乳切歯二本だけ萌出していたが、右舌尖部の粘膜下出血は下顎乳切歯と衝突して形成されたものであり、異物が口腔内に挿入、嵌入、充填等して舌尖部と下顎乳切歯を同時に圧迫することによって生じたものと推測される。

そして、解剖の嘱託を受けた際警察の担当者から受領した事件の概要及び参考事項を記載した書面を検討したところ、Aの異状を発見した当時「口部をタオル等が掩っていた」との記載があったので、右粘膜下出血は口腔内に入ったタオルにより舌尖部が下顎乳切歯に押し付けられ、その圧迫によって生じたものであり、そのタオルにより鼻口閉塞がひき起こされた可能性が非常に大であると考え、結局、鼻口閉塞による窒息死と判断した。

(六)  Aの血液中には少量の軟凝血が含まれていたが、このような軟凝血が認められるということは、Aの場合、急性死ではあるが五分前後で死亡する通常の窒息死より幾分時間が掛かり、一〇分程度の経過があったことを意味すると考えられる。鼻と口が同時に閉塞されるという通常の鼻口閉塞の場合でなく、異物が口腔内に入ることによって閉塞が生ずる場合にはそのようなことが起こり得る。

2  これに対し、昭和大学医学部法医学主任教授Cの原審における証言(以下「C証言」という。)及び鑑定の結果(以下「C鑑定」といい、C証言とC鑑定を併せて「C鑑定等」という。)はAの死因はSIDSであり、鼻口閉塞による窒息死や気管支炎その他の病死ではないとし、慶応義塾大学病院小児科学教室助教授Dの当審における証言(以下、「D証言」という。)及び鑑定の結果(以下、「D鑑定」といい、D証言とD鑑定を併せて「D鑑定等」という。)もAの死因はSIDSの可能性が極めて高いとし、Aが何らかの疾病に罹患しており、その疾病が突然死に関与した可能性も残されてはいるものの、口腔内への異物(バスタオル)の挿入、嵌入、充填等による窒息死の可能性は極めて少なく、実際的にはその可能性は否定し得るとしている。

3  SIDSについて、《証拠略》によれば次のとおり認められる。

(一)  健康と考えられていた乳幼児が就寝中に突然死亡し、死後の剖検によってもその原因が不詳である場合、従前は死因は肺炎、窒息等であると診断されることが多かったが、欧米においては一九六〇年代からそのような診断名に疑問が出されるようになり、次第にそれ自体が一つの真性疾患であるとされるようになった。そして、国際的にSIDSという呼称が定着するようになり、一九七九年(昭和五九年)には世界保健機関(WHO)の国際疾病分類にSIDSが死因として登録され、今日では我が国においてもSIDSが一つの真性疾患であることが、広く認知されるに至っている。

(二)  我が国におけるSIDSの総合的研究は昭和五六年の厚生省心身障害研究乳幼児突然死研究班の発足によって始まったが、同研究班はSIDSの定義として、広義では「それまでの健康状態及び既往歴から、その死亡が予測できなかった乳幼児に、突然の死をもたらした症候群」、狭義では「それまでの健康状態及び既往歴からは、全く予測できず、しかも、剖検によっても、その原因が不詳である、乳幼児に突然の死をもたらした症候群」とすることを提唱し、また、次のような内容の「SIDS(狭義)の病理学的診断基準(案)」を発表しているが、この定義及び診断基準(案)は今日一般に承認されている。

(1) 診断についての充足条件

予測できなかった乳幼児の急死のうち、次の条件を満たすものを狭義のSIDSとする。

〈1〉 患児に関する既往歴並びに発見時の状況から判断して、明らかな外因死が除外されること。

〈2〉 剖検による肉眼的及び組織学的観察によっても、原死因となる疾患を発見できないこと。

なお、診断に際しては次の諸事項に留意する必要がある。

(2) 診断に際しての留意事項

〈1〉 状況判断について

乳幼児でも、単なるうつ伏せ寝で、鼻口部閉塞による窒息死が起こるとは考え難いので、うつ伏せ寝による窒息死という判定は、十分慎重に行うべきである。

〈2〉 肉眼的所見について

a いわゆる窒息死の判定について

窒息死に見られる暗赤色流動性血液、諸臓器の鬱血、粘漿膜下の溢血点は、急死に共通した所見であるから、これのみによって窒息死と判定することは慎重でなければならない。

b 気道内吐乳吸引について

気道内の乳汁の存在は蘇生術又は患児の移動によっても起こり得る。したがって、気道内の乳汁の存在は直ちに窒息とは考え難い。

〈3〉 病理組織学的所見について

SIDSに限らず急性死の症例では、組織学的検索により原死因とするには軽微な病変が、殊に外界に接する扁桃、上気道及び気管支、肺などにみられることがある。したがって、この所見のみでSIDSを除外することは問題があると考えられる。

(三)  SIDSの原因及び発生機序については諸説があるが、結局、現在まだ定説はなく不明である。しかし、SIDSの定型的経過は、二歳未満(生後二か月から六か月が好発年齢)の健康な乳幼児で仮眠ないし夜間に就眠したものが、その直後又は翌朝死亡しているのに気付く突然死であり、剖検所見としては、血液の暗赤色流動性、諸臓器の鬱血、肺、心臓、胸膜等の粘漿膜下の溢血点が唯一の共通所見であり、上気道の炎症を認めることもあって、顕微鏡所見では、肺の鬱血水腫、肺胞壁にリンパ球、時に好中球や大単核細胞等の湿潤、肺胞内に大単核細胞や肺胞上皮細胞を容れ、また、肺に硝子様膜の形成や出血を伴うことや、吐乳吸引の所見があることもあり、血液培養や組織培養のいずれも陰性で、非病原性であることなどが挙げられているが、これらの点はSIDSの特徴として今日広く承認されている。

4  次に、B鑑定等とC鑑定等及びD鑑定等とを対比して検討することとする。

(一)  右1の(三)のとおり、B鑑定等はAの〈1〉全身の臓器の鬱血著明、〈2〉心臓内血液の暗赤色流動性、〈3〉漿膜、粘膜の充血という所見は急性死の所見であるとした上、Aには〈4〉眼瞼、眼瞼結膜、おとがい、口の周辺や、心臓表面、肺表面に多数の溢血点が見られるが、窒息死以外の急性死では溢血点の数が少なく、皮膚には発現しないし、〈5〉全身の他の臓器は鬱血なのに脾臓が貧血であるということは窒息死の特徴的な所見であるとして窒息死と判断している。

しかし、右〈4〉の点について、C鑑定等及びD鑑定等はB鑑定の指摘する程度の顔面皮膚の溢血点の出現状況では溢血点が多数あるとすることには疑問があるとしているのみならず、C鑑定等は溢血点の出現数の多少によって窒息死か、それ以外の急性死かを区別することはできないとしており、さらに、D鑑定等によれば、啼泣、咳、体動、上気道感染、アレルギー性紫斑病等多数の成因によって乳幼児の顔面皮膚に容易に溢血点が出現するということは小児科医の広く経験することであることが認められる。

また、右〈5〉の点について、C鑑定等及びD鑑定等はいずれも他の臓器は鬱血でありながら脾臓が貧血であるということが窒息死のみの特徴的な所見であるとするB鑑定等の見解を否定している。

そして、《証拠略》によれば、各種医学文献においても、右〈1〉ないし〈5〉のうち内部所見は窒息死のみに特有なものではなく、急性死全般に見られる所見であるとされており、また、C鑑定等及びD鑑定等によれば右各所見はSIDSの所見と一致することが認められる。

そうすると、B鑑定等が右〈4〉及び〈5〉の二点を根拠としてAの死因が窒息死であると判断していることには大きな疑問があるといわなければならない。

(二)  また、B鑑定等は右1の(四)のとおりAの死因が窒息死であることを前提としつつ、Aの肺の所見において鬱血、水腫が強く、肺気腫が混在していたということを鼻口閉塞による窒息死が死因と考える根拠としているが、C鑑定等及びD鑑定等は右所見によっては鼻口閉塞による窒息死を死因と結論することはできないとする。

(三)  B鑑定等は、さらに、右1の(五)のとおり、Aの舌先端部上面の粘膜下出血の存在に注目し、右粘膜下出血は下顎乳切歯との衝突によって形成されたものと考え、警察の担当者から受領した書面中に、Aの異状を発見した当時「口部をタオル等が掩っていた」との記載があることから、右粘膜下出血は口腔内に入ったタオルにより舌尖部が下顎乳切歯に押し付けられ圧迫されたことによって生じたものであり、そのタオルにより鼻口閉塞がひき起こされた可能性が非常に大であるとして鼻口閉塞による窒息死との判断をしている。

(1) 原審第一回のB証言は、右バスタオルが口腔内に挿入、嵌入、充填等したと想定したことについて「幼児の習性……、うつ伏せになっているわけですからね。そうすると、とにかく顔は横に向けますよね。顔を横に向けて、やはり閉塞されるのを防ごうという、これは本能的にそうなりますね。その時に下にそういうものがあって、これが邪魔になればですね、手でもってそれを取り除こうということは起こるだろうと思います。それが取り除けないで逆に押しやったりなんかするような形になる……。その敷いてあるものが完全に動かない状態にしてあればいいんですよ。ところが、それがずれるような形で置いてあったとするなら、口の周りに逆にそれがかぶさってしまうということもありますよね。ですから、体を動かして顔を横にして、手のほうも動かしてというようなことで、偶然か何かわかりませんが口の中にそういう物が入ってしまうということは不可能ではないですね。」と説明し、また、口の中に入ったら手で取り除けばいいのではないかという問いに対して「手が動かなかったらどうしますか。まあ、これは分かりませんけどね。子供によってみんなその筋力というものは違いますのでね。で、あお向けになっている時は自由に手が動くんですよね。うつ伏せになっていると、手はなかなか……。動かし得る範囲というものがありますが、外側にはいくらでも動きますけど、内側に向かって動かすことのなかなかできない子供というのも中にはいますから、このAちゃんがどういう状態だったか分かりませんけども、ですから取れなかったということもあるんじゃないかと思いますよ。全部が全部というわけじゃないですがね。」と答え、さらに、幼児の場合口の中に物が入ったとき簡単に吐き出せるものかという問いに対し「入った物によるでしょうね。」とし、タオルのようなものはどうかと質問されて「タオルのようなものは、口の中にいっぱいに入ったらなかなか吐き出せないでしょうね。」と答えている。また、Aの発達状態は良好であり、通常なら自ら反転する能力があり、うつ伏せ寝でも顔を横に向けたり、口の中に偶然入ってきた物を取り除く能力があるとしながらも、Aには軽度とはいえ肺炎、気管支炎があった上、うつ伏せ寝をしていて鬱血の状態になっていたのであるから、どの程度かは不明であるが行動能力が低下していたのではないかとしており、原審第二回及び当審のB証言においても同旨の供述を繰り返している。

(2) 右のようにB鑑定等においては、鼻口閉塞は異物の口腔内への挿入、嵌入、充填等によって生じたものと考えられているが、その異物として想定されている物はAの頭部の下に敷かれていたバスタオルである(本件事故の状況からすれば、右の異物として他の物が想定され得る余地はないというべきである。)。しかし、前記のとおり、Y2がAの異状を発見した当時、布団の上に敷かれていたバスタオルはうつ伏せになって寝ていたAの顔面付近に雑然としわ寄せられて集中していた状況であったのであるが、本件事故の際、Aの口の中に右バスタオルが入り込んでいたことを認めるに足りる直接の証拠は全く存しないし、そのようなことを推認させる客観的状況も認められない。

(3) そして、《証拠略》によれば、Aは、本件事故当時、生後九か月であったが、発達は良好であって、既に首は座っており、寝返りを打つ、腹臥位で顔を挙げる、上体を起こしていつまでも座っている、手で物をつかむ、哺乳瓶を両手にもって上手に果汁が飲める、歩行器に入って歩く、つかまり立ちをする等の行動が可能であったことが認められる。

そして、D鑑定は、Aの右のような発達状況を前提として、〈1〉そのような発達レベルにある乳児は、睡眠中に万一鼻口部をバスタオルに覆われたとしても呼吸困難のため覚醒し、顔を持ち上げる、顔を横に向ける、体を前後左右にずらす、手でバスタオルを取り払う等、種々の防御的行動をとることが可能であり、本件においてはAにこのような防御的行動を困難とさせた要因は認められない、〈2〉鼻口部がバスタオルにより閉塞され、乳児が窒息死するということは、鼻腔、口腔いずれか単独の閉塞では不十分で、両者が同時に閉塞されるという状況でなければ起きないが、うつ伏せで睡眠中の乳児の両鼻腔内及び口腔内に同時にバスタオルが嵌入しこれを充填することは、偶然の重なりを考慮しても起こり難いことと思われるとしており、C鑑定も、〈1〉右のような状態にまで運動機能が発達している生後九か月のAが普通の状態でうつ伏せに寝ていたからといって鼻口閉塞により窒息死することはあり得ず、寝具の上に敷いてあったバスタオルがうつ伏せ体位のAの口腔内に窒息死するほど挿入、嵌入、充填することは殺害の目的などからする他為以外には起こり得ないとし、Aの運動機能からしてバスタオルが口腔内に入るようなことがあればそれを排除するだけの防衛能力は当然備わっている、〈2〉Aの死亡前の状況及び解剖所見からも、Aが肺炎その他の疾患で衰弱しており、鼻口部の異物を排除する気力も消失しているような状態であったとは考えられないとしている。

(4) また、D鑑定等は、Aの舌先端部上面の粘膜下出血の形成原因について、原因不明のほか、〈1〉Aが死戦期にもがき苦しんだ際、舌とバスタオル又は上顎との接触により形成された、〈2〉睡眠中、体動の際の舌とバスタオルとの接触により形成された、〈3〉ウイルス性感染症、出血傾向の一徴候として出現した、〈4〉Aの異状発見後、本件保育所から高江医院に搬送する過程において第一審被告Y1の体の一部との接触により形成された、〈5〉E医師が救急処置として酸素投与を行った際に形成されたという可能性を指摘している。

(四)  右(一)のとおり、B鑑定等はAには多数の溢血点が見られ、特に皮膚にもそれが発現していること及び他の臓器は鬱血でありながら脾臓のみは貧血であるということを根拠としてAの死因を窒息死であると判断しているが、それらはいずれも窒息死のみに特有な所見ではなく、SIDSの所見とも一致するのであるから、B鑑定等がAの死因を窒息死であるとする点には大きな疑問があり、B鑑定等はこの点において既に採用し難いというべきである。

また、B鑑定等は右の窒息死という前提の下に、Aの肺の所見において鬱血、水腫が強く、肺気腫が混在しているということを理由として鼻口閉塞による窒息死を死因としているが、C鑑定等及びD鑑定等からすれば、右の所見によって鼻口閉塞による窒息死を死因と結論することにも疑問があるといわなければならない。

さらに、B鑑定等は右のような鼻口閉塞による窒息死という想定を前提として、Aの舌の先端部の粘膜下出血の存在に注目し、Aの異状を発見した当時うつ伏せ寝の状態のAの顔面付近にバスタオルが雑然としわ寄せられて集中していたという状況からして、右バスタオルがAの口の中に入り込んだため右粘膜下出血が生じたものであり、右バスタオルの口腔内への挿入、嵌入、充填等によって鼻口閉塞が発生したと考えている。しかし、前記のとおり、本件事故の際、Aの口の中に右バスタオルが入り込んでいたことを認め得る直接の証拠は全く存しないし、そのようなことを推認させる客観的状況も認められないから、結局、Aの口腔内にバスタオルが進入したということは、B証言も自認するようにその可能性があるという推測に止まるものというべきであるが、右(三)の(3)のようなAの発達状況及びC鑑定の指摘するAの健康状態に加え、同(4)のようなD鑑定等の指摘を考慮すると、Aの舌先端部の粘膜下出血の形成原因が口腔内へのバスタオルの進入であると推測する理由として前記B証言の挙げるところは、鼻口閉塞による窒息死という想定を前提としているという点を除外したとしても、合理的とはいい難く、たやすく首肯し難いというべきである。

したがって、結局、Aの死因を鼻口閉塞による窒息死であるとするB鑑定等は採用できないといわなければならない。

5  そして、右1ないし4に述べたところにC鑑定等及びD鑑定等を併せ考えれば、Aの死因は鼻口閉塞により窒息死であるとは認められず、Aの死亡はSIDSによるものと認めるのが相当である。

四  以上のとおりであるから、Aの死因はAの口腔内にバスタオルが挿入、嵌入、充填等したことにより生じた鼻口閉塞による窒息死である旨の第一審原告らの主位主張は失当である。

五  第一審原告らは、予備的に、Aの死因がSIDSであったとしても、第一審被告Y1及びY2に過失があると主張する。

しかし、前記認定のとおり、SIDSの原因も発生機序もいまだ明らかではない上、D鑑定等及びC証言によれば、SIDSを予見することも予防することもできないとされていることが認められる。したがって、本件事故の当時、Aの死亡につき第一審被告Y1及びY2において回避の措置を採る余地があったことを前提として同人らに過失があったとする第一審原告らの右予備的主張も失当というべきである。

六  以上のとおりであるから、第一審原告らの第一審被告らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却すべきである。

七  よって、原判決中、第一審原告らの第一審被告Y1に対する請求を一部認容した部分は失当であり、第一審被告Y1の本件控訴は理由があるから、原判決中右部分を取り消して、右部分に関する第一審原告らの第一審被告Y1に対する請求をいずれも棄却し、原判決のその余の部分は相当であり、第一審原告らの本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菊池信男)

裁判官 吉崎直弥、裁判官 大谷禎男は転補のため署名、押印できない。

(裁判長裁判官 菊池信男)

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